砂時計の気まぐれ倉庫

過去にどこかに書いた文章の気まぐれな再録が中心です。

角川文庫「金田一耕助ファイル」の改変について

2002年05月28日 17時40分50秒 投稿:砂時計 

前の書きこみで触れた「金田一耕助ファイル」について。長くなりますが御容赦を(引用に問題がありましたら御指摘下さい)。 

六年前、角川文庫の横溝作品の新版を書店で初めて見た時に感じたのは失望でした。 
表紙絵の縮小。解説の削除。「金田一耕助ファイル」と銘打っておきながら二十冊だけ。年代順に並べたわけでもないので、ファイル1、ファイル2……というナンバリングにも意味を感じない。 
マイナス面ばかりが目について、その中でも許せないと思ったのが章立てでした。 
例えば、全部で何十章かの長編を、更に幾つかの章に分けて第一章、第二章と勝手な章立てを行った作品があるんです(なぜか長編全てがそうなっているわけではない)。 
これは、この文庫新版の四ヵ月前、映画化に合わせて角川書店から発売されたハードカバー版『八つ墓村』もそうでした(こちらは奥付けのページに、著作権継承者の了解を得た上で章立てを行った旨の記載あり)。 

自分で気がついたのはそこまで。 
「本書中には、今日の人権擁護の見地に照らして、不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品発表当時の時代的背景と文学性を考え合わせ、著作権継承者の了解を得た上で、一部を編集部の責任において改めるにとどめました」という文章が二十冊全ての巻末に付いているのは「どういうこと?」と思い、また巻頭に「本文デザイン」という見慣れない言葉と共にスタッフ名が記されているのを奇異に感じたりもしたんですが、この時点では本文の改竄の実状を知りませんでした。 

翌年、『ミステリマガジン』の書評ページで小森収氏が本文の書き替えについて言及しているのを目にし、更に詳しく書いたという『本の窓』('97年5月号)の連載コラム「ミステリー古典名作」を読んで愕然。 

「改変の是非を問う」と題されたこの文章で、小森氏は『獄門島』の旧版と新版を比較した結果を書いているんですが、それは「文字遣いに関して、全面改訂と言っていいほどの、大幅な書き替え」だったそうです。 
しかも、いわゆる差別用語の言い換えは三箇所だけで、「あとは、漢字を開いたり、あるいは逆にかなを漢字にしたり、おくりがなをおくったり取ったりと、それらに伴う統一で、人権問題とは関係がなく、その量は、ほぼ全ページに数箇所以上という膨大なもの」とのこと。 

そして、その直しはていねいとは言えないと小森氏は指摘し、以下の例を挙げています。 
・空咳を開くのに、からせき、からぜきとまちまち 
・雑俳のルビが「ざつはい」 
・瀬戸内の島の人間の台詞なのに「こうゆうて参りました」を「こう言ってまいりました」に直している 
・意味もなく、言葉、謎、膝といった漢字をかなに直している 
・「ブラ下がる」という表現が嫌いらしく、必ず「ぶらさがる」にしている 
・その一方で、「誤魔化して」は「ゴマ化して」の方がいいと考えているらしい 

中には、あて字やミスの訂正もあると認めた上で、大多数の改変部分は必要と思えないと小森氏は書き、最後にこうまとめています。 

「 仮に一歩譲って、必要な改変だったとして、ならば、なぜ、横溝正史の生前に、書き直しを依頼しなかったのか。著者の死後、人権問題を隠れ蓑に、勝手に文章をいじるのは、フェアと言えまい。「吾輩」は「我が輩」に直されているが、著作権継承者のオーケーがあれば、夏目漱石の『吾輩は猫である』を『我が輩は猫である』にしてもいいと、角川文庫は考えているのだろうか。 
こうしたことが通るのなら、現在角川文庫に作品の入っている作家は、誰でも、死後、同じめにあう可能性があるということだ。これは問題であると私は思う。」 

このコラムには『獄門島』のことしか書かれていませんでしたが、そのすぐあと、書店で新旧両方があった『三つ首塔』を比べてみて早速一ページ目で違いを確認、そして「もしかして“本文デザイン”って、このことなのか?」と思いました。 

それから三年後、角川ホラー文庫から出た『トランプ台上の首』巻末に付けられた文章には「……底本どおりとしました」とあったので、角川文庫も方針を変えたかと思い、生誕百年記念として発売された今回の新装版にも期待していたんですが……。 

表紙を新しくしてのフェア開催に、これを機会に新しい読者が増えたらいいなあ、という思いもあるので、今はかなり複雑な心境です。 

【以上、ある掲示板への書きこみ】 

 その後、元々の角川文庫の横溝作品の文章自体、角川春樹氏の意向でバンバン漢字を開いてかなにしたりしていたことを知るわけですが……。 

 角川横溝は、光文社文庫の乱歩全集みたいな感じでテキストを見直して新編纂で全集として出し直してほしいな……杉本一文氏の表紙絵(バージョン違いの絵は巻頭カラーページで全て収録)で。