そよ風はペパーミント
(2006年4月8日にアップしたmixi日記の再録です)
昔好きだったアイドル歌手の話。
ある野外イベントで、出演者の一人だった彼女が自分の持ち歌を歌っていた時のこと。そのステージはテレビの公開収録も兼ねていて、歌はテレビサイズで一番だけを歌うはずだったのだが、うっかりしたのか彼女は続けて二番まで歌いかけてしまった。すぐにミスに気づいて歌を止めたものの、客席から見ていても、動揺しているのがはっきりと見てとれた。
彼女がステージから消えたあと、司会者の元にスタッフがやってきて「参ったなあ」というような表情で話しこんでいた。どうも彼女が楽屋で泣いているらしい。ステージに再登場した彼女の目には確かに涙の跡があった。司会者は観客に向かって、彼女ではなく演奏のほうが間違っていたのだ、という意味の明らかに嘘と分かる説明をした。フォローのつもりだったのだろうが、それによって彼女は更にいたたまれなくなっている様子だった。
その一年後。あるテレビの歌番組で、彼女がイントロ無しでいきなり歌い出しがある曲の最初の部分をトチッてしまうというハプニングがあった。そのあとの一小節ほど、彼女の口は動いているものの声は聞こえないという状態が続き、次の部分からは普通に歌が聞こえてきたのだが、歌っている彼女の目からは次第に涙が溢れ始め、歌も泣き声混じりのものになっていった。
歌が終わったあと司会者は、セットが高い位置にあるので怖かったみたいです、という内容の事を言ったのだけれど、そうでないことは分かっていた。
自分が失敗したこと。そして、それを取り繕うために音声のせいにしようと思った浅ましさ。それが許せなかったに違いない。
その歌手のことを思い出そうとすると、いつもこの二つの出来事が頭を支配する。
厄介なプライドを抱えた、不器用で未熟な完璧主義者。
周りの人間は気にしていないようなことでも、自分の中では重大な痛みとなって心を責めさいなむ。
彼女が自らの命を絶ったというニュースを聞いて、単に好きな有名人の死という以上に大きなショックを受けたのは、自分が持っている弱さに共鳴する部分を彼女の中に見ていたからだと思う。
あれから二十年。
他人と付きあうのも自分と付きあうのもしんどくてたまらないけれど、それでも自分はどうにかこうにか生きていて、一年に一度、こうして時が止まったままの彼女のことを思い出す。
※2016年4月8日追記
三十年経った今も、こうして彼女のことを想う。